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第四話 出会い



俺は24歳の頃、キャブの箱車を購入しようとしていた。

学生の時に100万、就職して100万の合計200万円を貯め、最初のうちはアルファの
ジュリアスーパー(出来ればTIスーパー)かルノーゴルディーニ、ロータスコルティナ、BMW2002ti等。箱車以外なら絶対ロメオ!アルフェッタやジュリエッタ、75なら本国仕様の1.8のキャブ車!と、とにかく吸気音のしびれる車にこだわり、心に決めていた。
金があればSZやTZ、GTAやジュリアGTCも欲しかった。

それまでの俺は、ジウジアーロがデザインした53年排ガス規制以前のシングルキャブのカローラや日産のNXクーペ(魚のボラのような顔をした設計者のセンスを疑う車)に乗っていた。我慢に我慢を重ね免許取得の5年後にその時が来た。関西のある車屋さん(ウ゛ェルディさんとはまだ出会っていない)を物色していた時、奴の白(段付き寄り目3本線)を見つけた。程度はかなりよかったが、値段もかなりよく、とても200万では買えなかった。

その時車屋さんが、「ジュニアZって知ってます?、近々入ってきますよ!」
本では何度か見た事があったが、実物は見た事が無かった。

数日が過ぎ、その店の前を通り過ぎた時、一瞬赤い車が視野に入った。
慌ててUターンし、車を止めた。

「ジュニアZや!うわっ!何でや!何でこんなカッコエエねん!」

全幅が狭く、スパイダーと同じ当時の一番ショートホイールベースのシャーシと共通のくせに、とても全長が4mを切る様には見えない。

俺なりに分析をするとギリギリまでボンネットの高さを下げ、(後で知ったが、ラジエターキャップとボンネットとのクリアランスは1センチもない!)前後のオーバーハングを極端な程きりつめ、それでいて全長からするとノーズは長く見える。

ドア上部からリアフェンダー(ブリスターフェンダー風?)にかけてのウエストラインも直線でありながらもビミョーに曲線だ。(手で触りたくなった。)(笑)
ジュニアZの顔つきは、ツンツンした鼻の高いモデルが嫌いな人を眉間にシワをよせ、あからさまに睨むような、少し品のない顔(でもベッピンさん)に見えた。

「タッ!タイプや!」

一目惚れである。惚れた者の弱みと言うか、毎日会いたくて会いたくてしかたがなかった。変な話、俺は毎晩深夜、無意識のうちに車を走らせ、気が付けばベッピンの前にいた。(これマジな話)彼女はアルミのシャッター越しに俺を睨み付ける。その顔がタマラナクよい。

見向きもしない女こそ振り向かせたくなるという俺の悪い癖がどんどん大きくなって来た。(見向くわけないヤン!笑)

「絶対つきあったんネン!」

そんな深夜のデートが7日ぐらい続いた頃か、(気分は同伴ラスト!笑)
俺特有の勘違いが出てきた。彼女が一瞬微笑んだ様に見えた。

「来たー!」



俺は次の日、車屋さんに結納金を持って挨拶に行った。

「私が一生幸せにします。」

めでたく結婚をしたのだが、この嫁の金のかかる事かかる事!
半年ごとにケリーやバーキンを買い与えなくてはならず、ローンが残っているのに俺の生活は全く無視してワガママ放題!それも去年買ったケリーと色や形が全く同じものを今年も買わせる。

「ちょっと待てい!同じもの去年買ったやないか?」
「だって壊れたもん!」

俺は結婚前、1日4〜5回食っていた飯を、嫁の為に1日1回にまで減らしてワガママを聞いた。そんな気分屋でワガママな嫁でも他の女には持ち合わせていない、すばらしい面があった。

当時俺は東京に住んでおり、月に1回は箱根まで嫁とドライブに行った。都内では渋滞のせいで元気に走ってくれないが、高速や峠では夫婦の波長も合い、超ご機嫌に走ってくれた。嫁は過去に心臓移植をしており、本来1300の心臓なのに、1600の心臓がついており、いわゆる心臓肥大である。おまけに心臓移植の際、動脈硬化の疑いがあったので、ポート研磨というカテーテル手術も受けていた。おかげで、嫁の足は5速で吹けきるのである。
特に峠ではジネッタやMG等の性格の違うベッピンさんといっしょになると、

「私が一番よ!」

とばかりに俺と波長を合わせ、持ち前のプライドの高さを見せてくれる。
ガードレールもない各コーナーコーナーで必ずお尻がすべっていた。
バックミラーから他の女が消えていくのを楽しみにしていた。
そして、峠の茶屋で必ずソフトクリームを食べはじめた時にその茶屋に入ってくる他の女を夫婦で横目で見るのが楽しみになっていた。(笑)

今考えるとただ俺が無茶をして走っているだけで、だれも死にたくないのでそこまで攻めなかっただけだと思う。俺が今生きているのは超偶然か先祖が守ってくれていたからだと絶対に思う!



そんなある時、当時貿易会社に勤めていた俺に、学生時代の後輩から1本の電話がかかってきた。その後輩はアメリカから1300GTjrを自分で個人輸入していた。
(その車の程度は最悪で日本で後に10年越しのフルレストアをする羽目になる)

俺の伝手を使い、千葉県木更津市の車屋さんから大阪の堺までGTjrのフロアパンを10t車でチャーターして欲しいとのことであった。


そしてこれが、「俺の神様」と出会う瞬間となる。


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