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 11.長野県ではついてない・・・

本当は隠していたいロメオくんでの失敗を、告白します。とっっっても恥ずかしいんですけど。2つの失敗はどちらも、その冬に冬季オリンピックを開催した長野県でのことでした。

’98〜’99スキーシーズンは、仕事をしながら休みを捻出し、彼がスキー教師をしている乗鞍高原に、何度も通っていました。その度に父親からランクルを借りていました。ひどい雪不足のシーズンで、3月にはスキー場への道路はもとより、ゲレンデ周辺にも雪は全く無く、ゲレンデには草や土が見えていました。地元の人々の中にもタイヤを換えたひとがいると聞き、つい、私はバカなことをしてしまいました。

ランクルでの大阪ー長野往復に飽きてきていたこともあり、3月終わりにノーマルのロメオくんで乗鞍に向かってしまったのです(はずかしー)。 もちろん、な〜んも考えずにノーマルのロメオで行ったわけではありません。前日の夜中まで天気予報をチェックし、寒の戻りが無いことを確認して、荷物をいつものランクルではなくロメオくんに積み込みました。次の朝も快晴。仕事を半日であがらせてもらい、急いで名神をとばしていました。滋賀県の八日市のあたりで、急に気温の低下を感じて、外気温の表示を出したら、4度。・・・・・?!。その後、彦根あたりで雪。速度規制の電光掲示。交通情報で、中津川から完全に通行止め、、、、、。渋滞の暇つぶしに、ふと取り出してみた携帯電話には「着信アリ」の文字。留守電には、「今日の午後から、突然の寒波で、こっちは雪がすごい。車を変更するように!」と、スキースクールの昼休みにわざわざ入れてくれていた彼の声。・・・・・。 

それから5時間後だったか6時間後だったか、ロメオくんと私は長野県松本市にいました。多くの車が続々とチェーンを巻く中、ノーマルで木曽福島のR19 を走り切ってしまったのでした。ノーマルの車がちらほらいるためと高速の閉鎖のために、渋滞となり、トロトロペースだったことが、山越えを可能にしてくれました。低め、低めのギアで、ほとんどブレーキペダルを踏まず、超〜優しい発進・停止を黙々と繰り返すこと3時間余り。こんなに神経を集中させた長時間の運転は、初めてでした。 チェーンを巻きたくなかった訳ではありません。スキー部で、20歳のころから雪道運転はしています。タイヤ交換もチェーン付けも自分でできます。しかし、このときロメオくんは、付けるべきチェーンも買ってもらっていなかったのです(ああごめんなさい。はずかしすぎるー)!まわりの車と同じ動きができなくなったら、そこであきらめて木曽路で泊まって、朝に電車とバスで乗鞍に上がろう、と本気で思っていました。が、結局、塩尻・松本にぬけていました。

松本から乗鞍は、車で1時間程です。山を登り始めるところまで走り、安曇村役場にロメオくんを置き去りにして、迎えに下りてもらったジムニーくんで、乗鞍高原にたどり着きました。振り返って考えれば、ランクルで来ていても中津川で降ろされて、渋滞のR19 を走ったわけで、掛かる時間はあまり変わらないのでした。ただ、リスクと労力が大きかったこと、そして、彼に片道約40分のお迎えをさせたことに、後悔・反省・謝罪の気持ちで一杯でした。もうしません。許して下さい。・・・・・


もう一つは、同じシーズンの終わり、’99Golden Week のことです。同じ乗鞍高原に集まり、乗鞍岳にスキーをかついで上がり(もちろん行ける限りバスで上がる)、自然の雪渓を滑る「好き者集団」のなかに、私はいました。彼は「集団」の引率スタッフでした。この頃にはスキー場はすでに終了されていて、高原は水芭蕉を見る人やバーベキューを楽しむ人で、賑わいます。乗鞍岳はいくつかの峰の集まりで、一番高い剣が峰は3026mの高さを誇ります。ここから、スキー場の上のほうのゲレンデくらい(標高2000m)までは、滑ることができます。いろんなレベルの仲間と、コーヒータイムやラーメンタイム?など、楽しく休憩しながら、広大な雪渓や森のなかを滑り下ります。G.W の間、滑ったり・温泉入ったり・バーベキューしたり・球技をしたり・わらじを編んだり、、、。それは、とっても楽しかった・ノ・デ・ス・ガ・・・。

G.W に、ロメオくんで行ったことは、間違いではありません。ただ、とばしたことが、間違いなのです。G.W に入ってから、皆より1日遅れで乗鞍に向かった私は、混んだ名神に耐え、夜中の中央道をとばしていました。宿のオカアサンが待っておられる(彼は寝ている)ので、何とか12時までに着こうと、パンを夕食に、必死で走ってました。といっても150キロくらいですよ。P.M11:30、(警察や!)と思ってブレーキを焦って踏むも、間に合わず、112キロの記録で捕まりました。3万yen 程の罰金だったかな?・・・・・思い出したくありません。多くは語りたくありません。

ロメオくんで再出発する私に、警官のひとり、
「へ〜。これ、なんていうくるま?」
私「・・・アルファロメオです。」
「は〜。そうりゃあとばしたくもなるわなあ〜!」
 
私の父は、元旦の早朝に、ごく普通に一般道を走っていて、長野県警のねずみ取りに捕まったことがある。小さい私たちを乗せて、やはりスキーに行くときだった。元旦といい、G.W といい、長野県警は観光客を捕まえるのが大好きだ。セコイ連中だ。
 
それからの私は、120キロまでしか出さなくなった。そしていざという時は、パッッと急ブレーキで80キロに落とす心意気で、常に運転するようになった。?同じシーズンに、オリンピックの感動を与えてくれた長野なのにね・・・。私には多くの教訓を与えてくれた、’98〜’99スキーシーズン in 長野でした。(涙)。

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